お掃除
バットを担ぎ、町を歩く。度の強い黒縁スクエア眼鏡は頭がくらくらするが、それすらも愛おしい。長い髪を風になびかせ、スカートを翻す。スニーカーの音はどこまでも軽やかだった。 「えっと。ここか」 サイズがあわないせいでずり落ちてきた眼鏡を上げ、あるマンションの部屋の前で住所を確認する。間違いはなく、ジャンパーのポケットにスマホを突っ込んだ。ひとつ深呼吸し、チャイムを押す。ピンポーンと部屋の中で音が響き、バットを振り上げてかまえた。 「……はい」 「お前なんかいらないんだよ!」 少ししてドアを開けた、不機嫌そうなおじさんの頭にバットを叩きつける。 「がはっ!」 ごん!と鈍い音がするのと同時におじさんがなんとも言えない声を上げ、前のめりに倒れてきた。ぶつからないように避けて、部屋をあとにする。 「お掃除完了。次はっと」 マンションを出て携帯で次の行き先を確認し、バットを握って歩き出す。 「ふふっ。『お前なんかいらないんだよ』か」 私らしくない物騒な言葉遣いを思い出し、小さく笑いが漏れた。できればあんな下品な言葉など使いたくないが、お掃除には必要だから仕方ない。 次の目的である部屋の前に立ち、またチャイムを押してバットをかまえる。 「……はい」 「このゴミカスが!」 若い男の不審げな視線が私にぶつかる。その頭に間髪入れず、バットを思い切り振り下ろした。 「……あ?」 男は倒れず、私へと視線を向けてどきっとした。けれどすぐに目を回し、足もとから崩れていく。 「お掃除完了」 ローズピンクの口端をつり上げてにっこりと笑い、バットを抱えて次へと向かう。 その後も次々にお掃除をしていった。 「どれだけ迷惑かければ気が済むんだ!」 「もう辞めたら!?」 「お前に教えるだけ無駄!」 「反省してるのか!」 だんだんとバットがへこみ、いびつな形になっていく。けれどお掃除は次で最後だ。 「最後は、と」 最後は私と、同じ年くらいの若い女性だった。女性だから一応、セキュリティはしっかりしていて難儀したが、これくらいで諦めてはいけない。どうにかクリアし、部屋の前に立った。 「はい」 「キモいんだよ!」 もうルーチンワークのように女性の頭へバットを振り下ろす。彼女はあっけなく倒れ込んだ。 「あ、あ……」 けれどゴキブリのようにしぶとく、私の脚を掴んでくる。 「汚らわしい」 無情に振り払い、トドメに頭を踏みつけると動かなくなった。 「これで全部、お掃除終了」 バットをその場に放るとガランと小気味いい音がする。気分がよくて、鼻歌まで飛び出てきた。そのまま、目的のビルへ来て屋上へと上る。 「ここも本当は、お掃除したかったんだけどね」 しかしさすがにそれはできない。後悔は残るが、仕方ない。 丁寧に靴を脱いで揃え、眼鏡を外す。 「あなたまで連れていけないもんね」 そっと眼鏡を撫で、靴の上に大事に置いた。 「あー、すっきりした」 ビルの縁に立った私の目から、なにかが流れ落ちていく。最後の仕上げだと足を一歩、踏み出した。 そのまま私は彼のいない地獄へと落ちていく。
【終】
WRITTEN BY
霧内杳眼鏡男子好きの眼鏡が眼鏡男子の小説を自家発電しています。
商業では大人溺愛恋愛/キャラ文芸を中心に執筆。同人ではジャンル横断で活動中。
心情描写を得意とし、暗く歪んだ情念を描くのが持ち味です。
感想
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